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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和34年(て)43号 決定 1960年3月24日

申立人 高梨輝次

主文

当裁判所が昭和三三年七月八日した保釈保証金没取決定の執行として福岡高等検察庁宮崎支部検察官西向井忠実が申立人に対し昭和三三年七月一八日した保釈保証金一五〇、〇〇〇円の納付告知の処分を取り消す。

理由

本件申立の理由は、「(1)申立人は、主文のとおりの保釈保証金納付告知を受けたが、その事情が全く申立人には不明であつたので、調査したところ、次の事情が判明した。すなわち、福岡高等裁判所宮崎支部において詐欺被告事件により控訴審の審判を受けた被告人坂井重良は、申立人の義理の叔父であるが、右被告人は、昭和三二年一〇月四日同裁判所において控訴棄却の判決(第一審懲役三年の実刑。)を受け、同月五日上告の申立をなすとともに弁護人松村鉄男、桝本輝義、中野博義により再保釈の請求がなされ、同月一五日保証金三〇〇、〇〇〇円内金一五〇、〇〇〇円は申立人の差し出した保証書をもつて保証金に代えるということで保釈許可決定がなされ、保釈された。ところが、右被告人は、昭和三三年二月二五日上告棄却の決定を受け、第一審判決の刑が確定したので、検察官において執行のため右被告人の所在を調査したところ、逃亡していることが判明したので、検察官の請求により、同年七月八日福岡高等裁判所宮崎支部において前記保釈保証金全部を没取する旨の決定がなされたものである。(2)しかしながら、申立人は、自ら右保証書を作成したことはなく、右被告人または右弁護人等に対し右保証書の作成を許したこともないから、右保証書は、何者かによつて偽造された申立人の関知しないものである。(3)したがつて、申立人の関知しない偽造の右保証書について保証金没取決定がなされても、申立人から右保証書の保証金を没取することはできないものであるから、右没取決定の執行としてなされた主文の検察官の納付告知処分は取消を免れないので、刑事訴訟法第五〇二条により本申立に及んだ。」というのである。

そこで、検討するに本件記録および当裁判所の事実の取調の結果ならびに当裁判所昭和三一年(う)第四五二ないし四五五号被告人坂井重良外三名に対する詐欺被告事件記録および当裁判所昭和三三年(て)第一〇六号保釈保証金没取請求事件記録によると、申立人主張の(1)の事実を認めることができる。そこで、申立人主張の(2)のように右保証書が申立人の関知しない偽造のものであるかを調べてみるに、証人坂井重良の供述によると、右保証書は坂井が自ら作成したものであることを認めることができ、右供述によると坂井は、当裁判所の控訴棄却判決後保釈請求をするため、東京都から宮崎市に向う途中大阪市に行つて申立人に会い、金二〇、〇〇〇円を借用し、当時たまたま長崎市に向う申立人と同道し、その車中で申立人に対し、先の保釈の際保証書を差し出してくれた吉井勇吉が今度は保証書を差し出してくれないかも知れないからそのときは申立人の保証書を差し出すよう依頼したら、申立人は同人名義の保証書を坂井が作成して差し出すことを承諾したので、自ら作成した旨供述し、申立人の陳述書によれば、申立人と坂井とが右のとおり車中同道して九州に向つたことを認めることができるが、(イ)坂井は、容易にできることであるのに、前記のとおり申立人に保証書の署名押印をしてもらうことなく、後に自ら作成していること、(ロ)右坂井の供述によれば、坂井は、東京都を出るときすでに坂井の妻の旧姓である高梨の印鑑を用意していたことが認められ、申立人の承諾がえられるものならそのような用意は不用と思われること、(ハ)申立人の陳述書によれば、申立人は右承諾の事実を強く否認していること等を考慮すると、右坂井の申立人が保証書作成を承諾した旨の供述は、信用し難く、その他申立人が右保証書作成について関知していたと認められる証拠はなく、申立人の陳述書によれば、右保証書は、申立人の関知しない偽造のものであることを認めることができる。

ところで、保釈された者が有罪判決後逃亡したことを理由としてなされた高等裁判所の保釈保証金没取決定に対しては、保証書を差し出した者は、異議の申立をすることができないものである(最高裁判所昭和三一年八月二二日第二小法廷決定集第一〇巻第八号一二七三頁、昭和三四年二月一三日同小法廷決定集第一三巻第二号一五三頁〔本件申立人のなした異議申立に対するもの。〕参照。)から、保釈保証金没取決定の取消を求めることはできないが、自己の関知しない偽造の保証書によつて保釈保証金の納付を強制されることは到底許されるべきでないので保証書の名義人は、保釈保証金没取決定がなされても、保証書の保証金を没取されることはなく、刑事訴訟法第五〇二条により、右没取決定の執行としてなされた検察官の処分の取消を求めることができるものと解するのが相当である。もつとも、右五〇二条によつては、執行すべき裁判自体のかしを争うことは許されないが、保証書が自己の関知しない偽造のものであるということは、執行すべき裁判のかしとはいえず、またそれは同条が主として争いうるものとした検察官の執行に関してした処分自体のかしともいえない、とはいえ、結局右検察官の処分を違法ならしめる事由であるから、右五〇二条で争いうるものと解して差し支えない。

したがつて、主文記載の検察官の納付告知処分は取消を免れないので、主文のとおり決定する。

(裁判官 二見虎雄 淵上寿 矢頭直哉)

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